【親父の小言】の由来.常識な小言は心の琴線に触れる.それは江戸時代に存在していた!

親父の小言は

処世訓を短い言葉で連ねた

全45ヶ条の小言を記した格言集です。

居酒屋の壁やトイレに貼ってあったり、

また

手ぬぐいや湯のみやなど土産屋でよく見かけます。

最近

子供をしかる親がめっきり少なくなりましたが

「うるさい親父だなー。」と思いながらも

心に残る染み入る数々の小言ですが

内容は、

極めて当たり前の事しか書いてありません。

改めて目を通すと

現在の忙しい暮らしの中で忘れがちな言葉が書かれています。

どこの親父の言葉なのでしょう・・・

親父の小言由来

平安時代、

相馬藩(福島県)大聖寺は

会津一円に仏教を布教する大きな役割を果たした

高僧「徳一(とくいつ)大師」による創建と伝えられます。

1928年(昭和3年)

福島県浪江町にある大聖寺(だいしょうじ)の住職

「青田暁仙(ぎょうせん)」和尚が33歳の時に

家訓として

一家繁栄のために残そうとして書かれた

「親父の小言」45ヶ条が由来です。

その

暁仙和尚が書いた45ヶ条を印刷して

信者等に配布していたわけですが

小言の末尾には、暁仙和尚の一文があり

「親父生前中の小言を思い出して書き並べました。

今にして考えればなるほどと思うことばかりです。」と

と記してあることから

暁仙和尚の父親が語っていた小言をまとめたのか

暁仙和尚自身の思いをしたためて小言にしたのか

大聖寺版45ヶ条の成立の経緯は

はっきりしたことは分かっていません。

大聖寺版・親父の小言45ヶ条

わかりやすくするため番号を付記します。

01.火は粗末にするな

02.朝きげんをよくしろ

03.神佛(かみほとけ)をよく拝ませ

04.不浄を見るな

05.人には腹を立てるな

06.身の出世を願へ

07.人に馬鹿にされていよ

08.年寄りをいたわれ

09.恩は遠くから隠せ

10.万事油断するな

11.女房のいふこと半分

12.子のいふことは八九はきくな

13.家業は精を出せ

14.何事もかまわずしろ

156.たんと儲けてつかへ

16.借りてはつかふな

17.人には貸してやれ

18.女郎を買ふな

19.女房を早く持て

20.難渋な人にほどこせ

意味=貧しき人に施せ

21.生物を殺すな

22.年忌法事をしろ

23.義理は必ず欠くな

24.ばくちは決してうつな

25.大酒は呑むな

26.大めしを食ふな

27.判事はきつく断れ

意味=保証人になるな

28.世話焼になるな

29.貧乏を苦にするな

30.火事の覚悟をしておけ

312.風吹きに遠出するな

32.水はたやさぬようにしろ

33.塩もたやすな

34.戸〆り(戸締り)に気をつけろ

35.怪我と災は恥と思へ

36.物を拾わば身につけるな

37.小商ものを値切るな

38.何事も身分相応にしろ

39.産前産後を大切に

40.小便は小便所へしろ

41.泣きごとは必ず言ふな

42.病気は仰山にしろ

意味=小さな病気も軽視するな

43.人の苦労をすてやれ

44.不吉は言うべからず

45.家内は笑ふて暮らせ

マツバヤ版・親父の小言

それから30年ほどたって

昭和30年代の半ば、

大聖寺町内にあった商店「松葉屋(まつばや)」

(現:株式会社マツバヤ)の

贈答の表書きを担当していた社員「鈴木譲(ゆずる)」が

「親父の小言」を知り、商品化を発案し

社長「松原憲正」の目にも「親父の小言」が留まります。

大聖寺の檀家でもあった松原憲正は

大聖寺の了解を得て

社員「鈴木譲」が

一枚一枚を丁寧に手書きして額に収めていき

「親父の小言」を額装して売り出したところ

口コミで好評を得て多くの人に知れ渡ります。

その後も

文言の加筆・削除を繰り返し「てにをは」を変えながら

自己流で個性的な独自の書体を完成させ

「親父の小言」は

評判を呼んでまたたく間に全国に広がりました。

時を越え、様々な形で伝わっていく内に

各地で文言が違っているものもあり

形を変え、品を変え全国的に広まっていますが

本来

世間に流布している「親父の小言」は

大聖寺にある原典を基にした「マツバヤ版」の

商標登録された商品で

社員「鈴木譲」の書には「青嶺」と明記され

自分の書であることをあらわす

鈴木譲の「姓名印」と

青嶺の「雅号印(がごういん)」が押されています。

江戸版・親父の小言

「親父の小言」は

福島県浪江町の大聖寺から

現:株式会社マツバヤが額装して

昭和の戦後に広まったものですが

「親父の小言」のルーツは

江戸時代にまでさかのぼることとなりました。

2013年(平成25年)

表紙に

「親父の小ごと全」と刷られている版本が発見され

裏表紙には

「嘉永五壬子(じんし)年 九月吉日

施主、神田住」と刷られていることから

江戸時代末期の1852年(嘉永5年)のもと確認され

江戸時代にも

「親父の小言」なる本が存在していたことが分かりました。

当時は社会貢献(施しの為)として

書物を無料配布する時代であったことから

東京・神田在住の人が

自費出版したものと考えられています。

本名を使用せず

匿名で「施主」と記していることから

既にその時代「小言」が流布していた可能性があり

江戸時代後期以前に

成立したものであると明らかになりました。

暁仙和尚が書いた昭和3年を約80年遡る

嘉永の「親父の小言」は

全81ヶ条の小言が記載されています。

全81ヶ条の末尾には

江戸庶民のユーモラスが感じられる

教訓歌2首が付けられています。

嘉永の81ヶ条と大聖寺版45ヶ条を比べると

驚くことに

文字使いに多少の相違があるものの

大聖寺「親父の小言」の45ヶ条を全て含んでいます。

書かれている順番にしても

3ヶ条ほど違うだけで、ほとんど配列も同じです。

従って

「親父の小言」は

嘉永の「親父の小言」が最古本となるルーツであり

江戸時代の81ヶ条を基に、

大聖寺の45ヶ条が成り立っていたわけです。

江戸版「親父の小言」は

江戸庶民の心を表す教訓らしさで

時代に沿った日常の常識的な内容であり

江戸時代の心や文化が現代にも伝わる処世訓です。

残念ながら、ここでは

江戸版全81ヶ条を記載する事ができませんので

お知りになりたい方は、下記よりお求め願います。

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まとめ

「親父の小言」は

昭和3年、福島県浪江町の大聖寺の

暁仙和尚によって書かれた45ヶ条です。

その後

大聖寺45ヶ条を基に

現:株式会社マツバヤが

オリジナルの商品化にして全国に広まったものです。

しかし

2013年、江戸版が発見され

「親父の小言」のルーツは

江戸時代にまで遡ることとなりました。

45ヶ条、ほぼ同じ内容であったことは

とても偶然とは考えられませんので

青田家代々受け継がれた

江戸版「親父の小言」が存在していたと思われますが

今となっては分かりません。

暁仙和尚が

印刷して信者等に配布していた45ヶ条の末尾に

「親父生前中の言葉を思い出して書き並べました・・・」と

あったように、親父様(青田八郎)から伝承されて

暁仙和尚の驚くべき記憶によって

復元されたものと言われています。

江戸から忘れ去られていた昭和の時代に

暁仙和尚によって書かれた45ヶ条が

全国に普及させたことは紛れもない事実であり

親しまれてきた「親父の小言」は

暁仙和尚のたまものによるものだと思います。

親父とは

なかなか思いを語らず孤独なもので

「親父とはそういうものだろう」と

よく言いますが

いつの日にか

小言と一緒に親父の背中を思い出すと

家族を守ってきた大きな親父の背中から

「俺を乗り越えろ」と言ってるような

無言の小言が聞こえてきそうです。

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