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冬将軍の意味・由来とは!?将軍は誰でしょう?ナポレオンと関係があった意外な出来事

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冬将軍(ふゆしょうぐん)とは、冬季に周期的に南下する「北極気団(シベリア寒気団)」のことです。よく、お天気情報で耳にしますが何故、将軍なのでしょう?

「冬将軍到来」

「冬将軍来たる」

「冬将軍の訪れ」

などと、表現されてますが冬将軍の由来って、日本には関係のない話しだったのです。

冬将軍の歴史と語源

語源は、やはり過去の歴史から名付けられたもので、天気のことを擬人化した言葉で厳しい冬の寒さの様子を表しています。

言葉の由来となった人物とは、あの有名なフランス革命時代の皇帝・軍人の「ナポレオン・ボナパルト」です。

歴史

日本では幕末の江戸時代の頃

1812年(文化9年)、ナポレオンはロシア開戦を決意し、27万人のフランス軍と同盟諸国軍を加え総勢、60万人の大軍でロシアに侵攻を始めました。

ロシア軍は、戦えば確実に負けると判断していたようで広大なロシアの国土をうまく活用し戦わずして、ひたすら後退します。そしてロシア軍はフランス軍の進路にある物、物資や食糧、家屋や田畑はおろか、町そのものや自然の山林まで、全て焼き払います。

つまり、自国領土に侵攻する敵軍に対し焼け野原にしてしまえば、食料の調達や燃料の補給、休養など出来なくなります。

敵軍の戦闘の構築や維持などを不可能にさせる戦術をとり、フランス軍の勢力が弱まるのを待ち続けます。

フランス軍は既に、兵力が3分の1以下になっていたもののモスクワへ入城しました。

ナポレオンはモスクワを制圧すればロシアが降伏すると考えていたわけです。また必要な物資や食糧が手に入ると・・・

ところがフランス軍がモスクワへ入城したその夜、ロシア軍は放火し、モスクワも焼け野原と化します。

ナポレオンはこの時点で断念、退却を開始しますが逆に、ロシア軍が追撃し襲撃されます。

その時に重なったのが、夏装備のナポレオン軍に襲い掛かった冬将軍となるシベリア寒気団の猛烈な寒さです。

そしてロシア国境まで生還したフランス兵は60万人の1%以下となる、わずか5千人でした。

語源

イギリスの新聞で、ロシアの「厳しい冬」にナポレオン軍は敗れたと「General Frost(霜将軍)」と表現したのが語源。

またはイギリスの風刺画家が「General Frost Shaveing Little Boney」と題して絵を描いたのが語源です。

(リトル・ボニーはナポレオンの愛称)

この報が日本に入ると、「General Frost」は「冬将軍」と訳されたようで、もとの語から別の語に生じて日本に「ジェネラル・ウインター」と紹介された例もあります。「General WInter」と定着し「冬将軍」という翻訳言葉になったわけす。

また、別な話しで、トルストイの小説「戦争と平和」に「general frost」という単語があり、日本人作家の森鴎外が「general frost」を「冬将軍」と翻訳したようです。

「ロシアには負けなかったが冬の寒さに負けた」として、「冬将軍」とはナポレオンをも打ち負かすほどのロシアの酷寒は想像を絶するもので「猛烈な寒さ」という意味合いがあります。

まとめ

「冬将軍」は正式な気象用語ではありません。

気象でいう「冬将軍が来る」とは、「真冬の寒波到来」という意味で、「すごく強い寒波が来る」事の喩えを指します。

日本では冬将軍が到来すると日本海側では、強い降雪をもたらし、太平洋側では、乾燥した北西風が吹き荒れますから天気予報で「冬将軍が来る」と発言していたら、「冬型の気圧配置が強まる」と考えてよいわけです。

「西」に高気圧、「東」に低気圧があることから、そこでよく耳にする「西高東低の冬型の気圧配置」 という発言を聞く機会が増えると思います。

中国大陸の北側に優勢な高気圧が姿を現したら、それがいちだんと寒さが厳しくなる「冬将軍到来」の合図です。

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