新型コロナの「3つの顔」.コロナ禍とは.ウイルス病気.不安.差別.緊急事態宣言

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「コロナ禍によって・・・」
「コロナ禍で自粛が続く・・・」など、

新型コロナウイルス関連のニュースが連日報じられ
報道の中で、「コロナ禍」という言葉が
最近急に使われるようになりました。

そして
新型コロナウイルスは人々の心にも忍び寄り
不安や差別意識が働き、社会のつながりが壊され
感染症の蔓延にともない
人権を損なうような出来事が多く伝えられています。

コロナ禍

「コロナ禍」は「コロナか」と読みます。
「禍」は
 音読み:カ
 訓読み: わざわい・まが
 意味:災い・まが・不幸せ
 対義語:福

「禍(まが)」とは、
 悪いこと・よくないこと・曲がったこと

「横禍(おうか)」:思いがけない災難の意味
「禍災(かさい)」:わざわい・災難の意味
「禍機(かき)」:災難が生じるきっかけの意味
「禍福(かふく)」:災難と幸福

など
「災い」や「災難」という意味で多く使われています。

コロナ禍とは
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が招いた
危機的・災厄的な状況のことのことを意味します。

社会的・政治的・経済的な、
混乱・不安・損失などを総称した言い方です。

「コロナ渦」とは、
 新型コロナウイルスが渦巻いている様子で
「禍」と「渦(うず/か)」では意味が異なります。

「コロナ渦」と表記する日本語メディアが出てきて
 文字が混乱していますが
 後に「禍」に修正されることが多いようです。

わざわい(災い、禍)とは、
不幸な出来事のきざし、またはその出来事、災難のこと。

「災い」と書けば、自然災害などの意で
 防ぎようのない天災。

「禍」と書けば、不意にこうむる不幸の意で
 工夫したり予防して防げる人為的な災難。

つまり
 人為的な努力によって防ぐことができる事柄の意で
 新型コロナウイルスは防ぎようのない天災ではなく、
 政府や医療、個人などの連携や協力によって
 防ぐことができるものだと解釈したい思いです。

「口は禍の元」
「口は災いの元」という言葉は
 不用意な発言は自分自身に災いを招く結果になるから、
 言葉は十分に慎むべきだという戒めで
 不幸な出来ごとは
 口から出た失言から起こることが多いものです。

 人為的に防ぐことができるものであっても
 「災」を使うケースが少なからずあります。

わざわい・笑える国語辞典引用

わざわい

 わざわい(災い、禍)とは、不幸な出来事のきざし、
 またはその出来事、災難のこと。

 「わざ」は
 隠された神の意図、
 またはその意図にもとづく行いという意味で、
 ここでは人間の過ちに対する神の罰といった意味あいで用いられている。

 「わい」は
 「さいわい(幸い)」や「にぎわい(賑わい)」などと同じく、
 物事が広まっていく様子を表す言葉。


 したがって「わざわい」とは、
 身に降りかかった不幸を神々のせいにした言葉であり、
 「オレは悪いことをしたわけでもないのに罰せられた」という
 神々への不満をこめた、実存主義的な不条理を訴える言葉である。

(中略)

 つまり「わざわい」は、
 神々の思いつき(わざ)で多数の人間が痛い目にあっているという、
 ワンマン社長の気まぐれ経営で被害にあっている社員のように、
 被害者意識丸出しの言葉でもある。

笑える国語辞典引用

新型コロナウイルス 3つの顔

世界中で古来より、
感染症の流行や大災害が発生した時には、
必ずといってよいほど
こうした人権を傷つける社会状況が生まれます。

外出自粛が呼びかけられる中、
不安な毎日を誰もが過ごしていますが
私たちにできることは
正しい情報の下、冷静に行動していくことです。

今は
誰かを非難するときではありません。

そんな問題意識に立って、
日本赤十字社が
心の健康を維持するための
自分のすべき行動を考えるガイドをつくりました。

新型コロナウイルスがもたらす災厄は、
病気そのものだけでなく、
ウイルス感染への不安な気持ちから
差別や偏見を人々の間に広げ人と人との分断という
負の連鎖が起きています。

その負の連鎖を
意志をもって断ち切る必要があります。

日本赤十字社による「3つの“感染症”」とは

第1の感染症:病気
第2の感染症:不安
第3の感染症:差別

第1の感染症:病気そのもの
 感染者との接触でうつり
 このウイルスに感染すると
 重症化して肺炎を引き起こす危険がある。

第2の感染症:不安や恐れ
 まだワクチンや薬が開発されておらず
 ​未知のウイルスに対する不安が生まれる。

 強い不安や恐れを感じ振り回されてしまい
 「気付く力」「聴く力」「自分を支える力」を弱め
 またたく間に人から人へ伝染していく。

第3の感染症:差別・嫌悪・偏見
 人間の生き延びようとする本能により 
 ウイルス感染にかかわる人や対象を日常生活から遠ざけ
 人と人との信頼関係や社会の繋がりが壊されてしまう。

この負のスパイラルがグルグルつながり
ひとりひとりが気を付けないと
結果として病気の拡散を招くことになります。

なぜ差別・嫌悪・偏見が生まれる

なぜ差別・嫌悪・偏見が生まれるのかは

①見えないウイルスへの不安や恐れ
↓(敵はウイルス)

②特定の対象を
 見える敵と見なして嫌悪の対象とする
↓(敵は対象にすり替わってしまう)

③嫌悪の対象を差別・嫌悪し遠ざける
↓(本当の敵を見なくなる)

束の間の安心感が得られる

 
ワクチンや特効薬が開発され、
沈静化の道のりが見えない限り、不安は積み重なる一方で
そこから差別・非難へと簡単につながってしまいます。

 
未知の感染症は不安や差別の心理が働き 
その病気に関連する人や地域を遠ざけようとか
自分の目の前から排除しようとします。

差別や非難されることが怖くて
症状があっても受診をためらうことにより
更なる病気の拡散を招いていきます。

周囲を避けたり、非難したりするのではなく、
仲間意識を持つことが必要で
敵はウイルスだということを認識することが必要です。

負のスパイラルを防ぐ

では、病気→不安→差別→病気という
負のスパイラルを防ぐために

第1の感染症を防ぐためには
「手洗い」「咳エチケット」「人混みを避ける」など
 衛生行動を徹底することが重要で
 ウイルスに立ち向かうための行動を、
 自分のためだけではなく
 周りの人のためにもすることが大切です。

第2の感染症にふりまわされないためには
「気付く力」を高めることで
 まずは自分を色々な角度から見つめ
 今の状況を整理してみましょう。

「聴く力」を高めることで
 いつもの自分と違いがあるか確認し
 生活習慣がみだれてないか?
 ウイルスに関する
 悪い情報ばかりにとらわれてないか考えてみましょう。

「自分を支える力」を高めることで
 自分の健康、安全のために必要なことを見極め
 ウイルスに関する情報を制限し距離を置く時間を作り
 いつもの生活習慣やペースを保ちます。

 心地よい環境を整え
 できることに取り組んでみましょう。

 安心できる相手とつながることも必要です。

第3の感染症を防ぐためには
 不安を煽らず「確かな情報」を披め、
 差別的な言動に同調しないことが必要です。

 この事態に対応しているすべてみんなの人に
 「ねぎらい」と「敬意」をはらうことが重要です。

負のスパイラルの仕組みを意識し 
不安を軽減して差別を防止するため
それぞれの立場でできることを行いながら、
一つになって負のスパイラルを断ち切りましょう。

負のスパイラルを断ち切るには
不確かな情報に振り回されないことが重要だと
日本赤十字社は呼びかけています。

日本赤十字社・新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!

緊急事態宣言

新型コロナウイルス対策の特別措置法により
さらなる感染拡大に備え
総理大臣が「緊急事態宣言」を行い
都道府県知事が生活の維持に必要な場合を除いて
外出の自粛や人が集まる施設の使用制限など
感染防止に必要な協力を求めるとして
「要請」や「指示」を行うことが可能になります。




「指示」と「要請」との実質的な違いは

「要請」とは、
 一定の行為について相手方に好意的な処理を期待するものであり、
 要請を受けた側は法的に要請事項について
 履行すべき立場に立たされるものではない。

「指示」は、
 一定の行為について方針、基準、手続き等を示して、
 それを実施させることをいい、指示を受けた側は、
 法的に指示事項について履行義務が生じるものである。

 なお、罰則は設けないこととしているが、
 これは、強制的に行わせたとしても十分な効果が期待できず、
 かえって適切な対策の実施に支障を及ぼしかねないおそれがあるという
 側面もあると考えられることから、
 罰則規定は置いていない。

 なお、民事上の損害賠償の対象になる可能性がある。

ということですが
外出自粛は
移動の自由にかかる制限であることから、
要請レベルでしか規定されていません。

施設や店舗など停止要請に従わない場合で
特に必要がある場合に「指示」することができ
具体的には、指示を行った施設名を
ホームページなどに「公表」することになります。

この「施設名(企業名)の公表」は
社会的制裁とも受け止められますが
罰則的な意味ではなく
施設が閉鎖していることを周知し
生活の混乱を防ぐことが目的とされています。

いずれにせよ
「要請」・「指示」共に罰則規定がありません。

緊急事態宣言が出たときに、行政が強制的に出来ることは

①都道府県知事が、
 臨時の医療施設をつくるために必要がある場合に、
 土地や建物を所有者の同意を得ないで、使用できること。

②知事が医薬品や食品など必要な物資の保管を命じること。

命令に従わず物資を隠したり、廃棄したりしり
保管場所の立ち入り検査を拒否した場合など
罰則があるのは上記の2つのみです。

緊急事態宣言は
国民生活や経済への影響も
フォローすべきだと指摘し
「国民の自由と権利の制限は必要最小限とすること」としています。

日本の法律は自由権があり
人権の保護を重視しているため
「国民の自由」や「国民の意見」を尊重し、
「法律に反しない限り国民の自由が保障」されているのです。

あくまで「要請」であり「命令」できないのです。

なぜ「命令」ができないかと言うと、
今の日本の法体系は「禁止・命令」をする法律がないため
強制的に外出や集会を禁止することはできない、
「外出禁止令」が出せないのです。

「要請」を破ったとしても
「罰則」はないというのが現行のシステムです。

ロックダウン(都市封鎖)の言葉も独り歩きしていますが
現在の法律では完全な都市封鎖は不可能です。

日本は「緊急事態宣言」が発令されたけど、
都市は封鎖されていないし、外出も「禁止」ではないのです。

しかし
「緊急事態宣言」という言葉が表しているように、
緊急を要する事態になっていることに間違いありません。

日本に住んでいる以上、
「不要不急の外出自粛」は私たちの責任であり
「外出を自粛する責任がある」と言うことです。

 実際は
「外出禁止令」レベルだと言うことです。

 国民の人権が尊重されているからといって
 自由を履き違えないようにしてください。

 この国に足りないのは国民の合意だと思います。
 国難克服のための
 一人一人の理解や協力が一層必要になってきます。

最後に

「コロナ禍(か)」の「禍」は
 コロナ騒ぎでよく見るようになった漢字で
 ちなみに
「禍々しい」という言葉がありますが
「まがまがしい」と読み
 好ましくないことや不吉な様子を表す言葉です。

「禍(わざわい)を転じて福と為(な)す 」は
 自分の身にふりかかった災難や失敗を上手く利用して、
 逆に自分の有利になるよう工夫することです。 

 自宅待機による「コロナ疲れ」の影響が出ているようですが
 私たちが人間として
 どう行動するかが試されている時ですね。

 自分に合ったものを見つけ
 メンタル面の疲れを解消する工夫をして
 心身の疲れが癒やされることを願っています。

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