日本標準時制定記念日は7月13日-子午線.本初子午線.135度?世界時.原子時.協定時.閏秒とは?

公開日: : 最終更新日:2019/08/04 行事

SPONSORED LINK

 

7月13日は

日本標準時制定記念日です。


1886(明治19)年、明治政府による

「本初子午線経度計算方及標準時ノ件

 (ほんしょしごせんけいどけいさんほう

  および

  ひょうじゅんじのけん)」という

勅令(ちょくれい:大日本帝国憲法に基づき天皇が発する命令)が

7月13日に公布され

日本の「標準時」が初めて制定されたことを記念して

7月13日が

日本標準時制定記念日とされています。


公布文の署名が

7月12日になされていることから、

7月12日を

日本標準時制定記念日としている場合もあるようですが

1888(明治21)年

1月1日、午前0時0分より施行され

内務省地理局観象台から

電信により各地に通報され日本の時刻は統一されました。


子午線とは

子午線(しごせん)や経緯度線は無数にありますが

概念上の仮想線であり

上空に見える線として存在しているわけではありません。


  塩屋天体観測所


子午線とは

 北極点と任意の天頂と南極点を結ぶ天球上の大円で

 経線(けいせん)とも言い

 上図の青い線が子午線です。


 方角を十二支で表わしていた時代

 北は「子(ね)の方角」、

 南は「午(うま)の方角」から子午線と呼ばれます。


経度(けいど)と緯度(いど)は、

地球上での位置を知るための座標のひとつです。


縦に引かれた線が、「経線」で「経度」を表し

縦の座標になります。


 ロンドンの
 
 本初子午線(ほんしょしごせん)を基準0度として

 (本初は最初・首位という意味)

 東側を東経(とうけい)と言い180度まで

 西側を西経(せいけい)と言い180度まで

 ロンドンから見て、地球の裏側が180度で

 経度が一致していることになります。



横に引かれた線が「緯線」で「緯度」を表し

 横の座標になります。


 緯線の中で唯一の大円である理論上の線が「赤道」で

 赤道の緯度は0度。


 北極点を北緯90度

 南極点を南緯90度として

 赤道基準に平行に線が引かれています。

地方時

日時計(ひどけい)は

影の動きをを利用して視太陽時を計測する装置で

今から約6000年前

古代エジプトで日時計が使われていたといわれ

起源はさらに

それ以前のメソポタミア文明に遡ると考えられています。

視太陽時

「視太陽時(したいようじ)」、

または

「真太陽時(しんたいようじ)」とも言いますが

太陽が真南に来た南中時刻が「正午」

(太陽は正午に、真南にあり

 その高度も一日中で最大に近い高さ)とした

太陽の動きに基づいた時刻で

地球の公転軌道は楕円軌道であり、地軸が傾いているため

1日の長さは絶えず変化しています。


1日の時間が日によって

季節によって異なり、一定ではありませんから

一定のペースで時を刻まないというのは不便なわけです。


また

各地の地方ごとの時刻(地方時)が使われていますから

「お昼に出発したのに到着した時刻はお昼だった」など

各地点で全部時刻が異なることになり

やはり非常に不便です。


 気象台では

 各地の地方時に基いて気象観測をしましたが

 1876(明治9)年

 「京都時」の観測も行うようになります。

 (明治18年頃、

  地方時の観測を廃止し京都時に統一されました)


 電信局は

 明治11年より「東京時」で時報を開始しました。

平均太陽時

そこで

実際の太陽の動きを平均化した太陽(平均太陽)を想定し、

視太陽時の平均値と合うように補正し調整されたのが

「平均太陽時」で

時間は季節を問わずほぼ一定となり

18世紀中頃から

視太陽時から平均太陽時への切り替えが始まり

日本では1880(明治13)年からです。


当時世界各国では

それぞれの国の中心地等に基準点を定めて

本初子午線 (経度0度)としていましたが

航路が開拓され鉄道が繋がり電信も開通し

大陸をへだてて国際化が急速に進むにつれ

時間や時刻の定義が問題となり

世界的に統一した標準時の制定が必要になってきました。

国際子午線会議

1881(明治14)年にヴェネツィアで開かれた

第3回国際地理学会議において

普遍的な本初子午線の確立と時刻の統一基準が議題に上がり

この会議が

国際子午線会議の起源となります。


1884(明治17)年10月

アメリカ・ワシントンD.C.で

万国共通の

経度零度地点や時刻計測のための子午線の選定会議となる

国際子午線会議(こくさいしごせんかいぎ)が開催され

 (万国子午線会議、

  本初子午線並計時法万国公会ともいう)

日本からは

当時、東京大学理学部長の菊池大麓(きくち だいろく)が参加し

26ヶ国の代表者らが会議に参加しました。

会議結果

会議の結果


・経度の本初子午線として

 グリニッジ天文台の子午儀の中心を通過する

 子午線を本初子午線とする。

 
 「子午儀」は

  子午線上(南北方向)にのみ向きを移動できるように作られた

  天体望遠鏡の一種。


・経度はこの本初子午線から東西両方向へ180度を数え

 東経は正、西経は負とする。


・全世界が本初子午線の正子(しょうし)の瞬間に

 始まるものとし、0時から24時までの24時間制をとる。


 「正子」は真夜中、午前零時、子(ね)の刻の意味。


・世界日は平均太陽日とする。

 (1年を平均した太陽日=太陽が南中したときが昼の12 時)


など、会議内容を改略抜粋、致しました。


尚この時点では

各国の時刻を合わせようという万国による標準時の採用について

経度15度ごとに1時間の時差を持つ時刻帯の仕組みを提案しましたが、

当会議の議題の範囲外として却下されました。

本初子午線経度計算方及標準時ノ件

日本では、本会議の結果を受けて

1886(明治19)年 7月13日

「本初子午線経度計算方及標準時ノ件」が公布され


勅令第五十一號

一 英國グリニッチ天文臺子午儀ノ中心ヲ經過スル子午線ヲ以テ

  經度ノ本初子午線トス


一 經度ハ本初子午線ヨリ起算シ

  東西各百八十度ニ至リ東經ヲ正トシ西經ヲ負トス


一 明治二十一年一月一日ヨリ東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ

  本邦一般ノ標準時ト定ム



グリニッジ天文台を基準としたグリニッジ子午線を

本初子午線(経度0度0分0秒)とし

東経135度線が

日本の標準時の基準となる子午線として確立しました。

中央標準時

1896(明治29)年から

「標準時ニ関スル件」が施行され

第1条において

 東経135度の標準時の呼称を「中央標準時」とし

 日本の標準時の法令上の正式名称とされます。


第2条において

 東経120度の時刻を「西部標準時」とします。

 (日本統治下だった台湾・澎湖諸島に適用されたもので

  西部標準時は、1937(昭和12)年に廃止されました。)



その後

国際子午線会議の万国による「標準時」の提案は

数十年かけて世界中に広がり

実際には1929年頃までには

主要な国のほとんどがその時刻帯を採用しました。

東経135度の日本

地球は

ほぼ24時間かけて1回転(自転)していますから

1回転は360度で、

360度÷24時間 = 15度


1時間当たり15度回転し

経度15度ごとに1時間の時差が生じる事になります。


標準時は

それぞれの国が主体的に決める事ができるわけですが

ほとんどの地域で

経度が15の倍数になる地点が選ばれています。


単純に15度の倍数で

1時間の時差が計算しやすい事を考えても

東経135度線上に日本の位置がありますので

これが必然と日本時間の基準となった事が分かります。



経度15度につき1時間の時差ですから

135度÷15度 = 9時間


東経を正(+)とするわけですから

本初子午線から +9時間の時差になり

ロンドンが1月1日の午前0時のとき、

日本は1月1日の午前9時で

9時間進んでいることを意味します。


これが

日本標準時子午線です。

明石市

では

日本の場所で言うと

日本標準時子午線が通るのは

京都府、兵庫県、和歌山県の12市です。


兵庫県・明石市が日本の標準時として

「日本の標準時子午線は、

 兵庫県明石市を通る東経135度で、その上に太陽が位置するとき、

 全国いっせいに午後0時となります」と

教科書に載るほど有名ですが

国が明石市と定めたわけではなく

1930(昭和5)年に、東経135度上に標識を立て

既成事実として「日本標準時のまち」になったのです。


要は

明石市は最初に名乗りをあげ

「早い者勝ち」的に認知されるようになったわけで

その後1960年には

135度上に天文科学館を設立し、不動の地位を得ています。

西脇市

「日本のへそ=中心と呼ばれる場所」が

群馬県、栃木県、山梨県、長野県、岐阜県など

「日本のどまんなか」を自称していますが

兵庫県西脇市も「日本のへそ」として知られます。


明石市は緯度は34度38分位で

西脇市は

東経は135度に加え、北緯35度と

東経、北緯ともキリの良い座標に位置しています。


1923(大正12)年に

旧陸軍参謀本部陸地測量部の測量の基づき

東経135度・北緯35度の交点となる

上比延町の加古川河川敷に

「経緯度交差点標柱」が建立されました。


明石市より先に

135度上に標識があったことになりますが

名乗り出なかったがために

明石市に先を越されてしまったのです。

世界時

以前の1884(明治17)年

経度0度の本初子午線(グリニッジ子午線)を

グリニッジ標準時

(GMT:Greenwich Mean Time」)としていましたが

1925(大正14)年から天文学では

「世界時(UT:universal time)」と呼ぶようになりました。


世界時は

UT0:地球の自転軸に対して移動する補正を含まない

UT1:地球が移動する補正を行なった

UT2:地球の自転に対して季節変化の補正を加えた

の、3種類あり

現在ではUT1が代表的世界時になっています。

国際原子時

時間を測定する技術が進歩して

原子の振動を利用した

原子時計が開発されるようになり

一日は

60秒×60分×24時間=86,400秒と正確に

1958(昭和33)年1月1日 0時0分0秒から

時刻を刻みはじめました。


この1 秒を基に作られる時刻が

「国際原子時

( TAI:Temps Atomique International)」で

世界各地にある原子時計の示す時刻を

おのおのにウェイト(重み)をつけた平均で決定されます。

協定世界時

しかし

地球の自転は

不規則に変化し一定ではありませんから

天体に基づく世界時と

高精度で最も正確に時間を刻む

原子時計に基づく原子時との間で

時刻のズレが生じてしまいます。



そこで新たな時刻系が必要になり

1972(昭和47)年

1月1日 0時0分0秒からスタートしたのが

「協定世界時

(UTC:Coordinated Universal Time)」で

国際原子時を基に国際的に管理されています。


ズレの調整は

世界時の一つUT1と近似するよう

1秒を挿入または除去する「閏秒」を導入し

±0.9秒以内に収まるよう調整が実施され

現実の太陽の動きと時間の正確性を両立させています。


現在、

私達の使っている時刻は

全世界共通の標準時となる「協定世界時」です。

閏秒

「閏秒」による調整は、世界時で行われ

6月か12月の末日の最後の秒(第一優先)

もしくは

3月か9月の末日の最後の秒(第二優先)

必要とあれば任意の月の各末日の最後の秒へ

1秒挿入するか、または最終秒を引き抜く事によって行われます。


世界時の末日ということは

日本時間では、9時間進んでいますので

第一優先では

翌日となる7月1日か1月1日の9時前の調整となり

例えば

2017(平成29)年

1月1日(日)午前8時59分59秒と午前9時00分00秒の間に

「8時59分60秒」の「閏秒」挿入があり

1秒長い日となりました。


挿入なので地球の自転が遅いことになります。


地球の自転が速い場合は除去になり

8時59分58秒の次の「59秒」を除去して

9時00分00秒になり1秒短い日となります。


閏秒への対応が困難なケースも増えてきたため

閏秒制度の見直し(変更・廃止)について

現在も世界で論議が続けられています。

グリニッジ天文台に本初子午線は存在しない

現在の

本初子午線はグリニッジ子午線ではなく

国際地球回転基準系事業(IERS)が維持管理している

グリニッジ子午線を修正変更した

「IERS基準子午線」

または

「国際基準子午線」と呼ばれる子午線が

国際的に使用されている本初子午線です。


1989年の時点で

グリニッジ子午線より

距離にして102.478メートル程、東方向に移動したのが

IERS基準子午線となります。


高精度なテクノロジーの進歩とともに

GPS等による計測がなされて

102.478メートルという値が出ましたが

未発達前の経度を測定する伝統的な方法と比べると

少なからず地球の重力の影響を受ていると思われますが

GPSは重力の影響を受けません。


そもそも

測地系や座標系など

IERSによって定義されている内容自体が違いますので

100メートル以上の数字が表れたと思います。


グリニッジ標準時を使い続けた場合

現在の協定世界時とでは

100年で約18秒、時刻のズレが生じるそうです。


日本においては

グリニッジ子午線の規定は

現在、効力を失ったわけではありません・・・


長くなりましたが

最後までお読み頂きありがとうございました。
 

SPONSORED LINK

関連記事

師走の意味や語源由来は?今現在でも師走は謎の語源不詳

12月、何かと 気忙しく慌ただしさを感じる、 師走。   12月は

記事を読む

姫始め(ひめはじめ)は1月2日の行事。由来は年初めに姫を食べる日だった!?

姫始め(ひめはじめ)とは 1月2日のりっぱな行事であり 新年の「季語」でもあります。

記事を読む

共創する未来の日は8月3日。共創?新時代の消費スタイルはなぜ共創なのか?

8月3日は「共創する未来」の日です。 最近、 「共創(きょうそう)」という言葉を

記事を読む

【性交禁忌の日】5月16日にセックスすると3年以内に死ぬ?セックス禁止の由来や意味

5月16日は 「性交禁忌の日」です。 「5月16日にセックスをすると3年以内に死ぬ日

記事を読む

【バカヤローの日】は2月28日。バカヤロー解散!バカの由来はたくさんの説があったが?!

2月28日 「バカヤローの日」という記念日。 この日は 頭にくることに対して

記事を読む

1月23日は「一無・二少・三多」の日、生活習慣病の予防に役立つ

1月23日は 「一無・二少・三多」 の日です。 (いちむ・にしょう・さんた)

記事を読む

新年度は4月1日から始まる、なぜ?会計年度とは何?年度の話

4月1日は、 新しい「年度」の始まりの日です。 「新年1月」から「年末12月」と

記事を読む

【2016】 山・鉾・屋台行事、ユネスコ無形文化遺産の33件祭り登録が決定!

 ユネスコ無形文化遺産の登録を目指して 「山・鉾・屋台行事」である 日本各地の

記事を読む

1月7日初めて爪を切る日。七草爪は病除けになる?七草との風習

1月7日は 爪切りの日です。 正月7日と言えば 人日(じんじつ)の節句と言われ

記事を読む

7月3日はソフトクリームの日、ソフトクリームって?由来や日本に伝わった歴史は?

7月3日は 「ソフトクリームの日」です。 日本ソフトクリーム協議会が 1990

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です



女子大生の日は8月16日、日本初の女子大生が誕生し道を切り拓いた深い意味のある日

女子大生の日は 1913年(大正2年)の8月16日 東北帝

共創する未来の日は8月3日。共創?新時代の消費スタイルはなぜ共創なのか?

8月3日は「共創する未来」の日です。 最近、 「共創(きょ

日本標準時制定記念日は7月13日-子午線.本初子午線.135度?世界時.原子時.協定時.閏秒とは?

7月13日は 日本標準時制定記念日です。 1886(明

7月3日はソフトクリームの日、ソフトクリームって?由来や日本に伝わった歴史は?

7月3日は 「ソフトクリームの日」です。 日本ソフトク

忖度(そんたく)とは何なのか!?本当の意味と語源由来の話

「忖度(そんたく)」という言葉は ある政治問題を機に 20

→もっと見る

PAGE TOP ↑