【令和】初春の令月にして気淑く風和ぎ…元号改元にまつわる話と時系列

公開日: : 行事

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「令和(れいわ)」と

新しい元号が4月1日午前11時40分頃発表され

皇太子さまが新天皇に即位する

5月1日に施行されます。


皆さんご存知とは思いますが

画期的な出来事なので

記録として書き留めておきたいと思います。


◇関連記事
 「新元号が5月1日になった理由」

改元

顧みれば

2016年8月

今上天皇が譲位(生前退位)の意向を示した

ビデオメッセージの公表から2年8カ月余が経ちます。


退位の儀式は

1817年江戸時代の光格天皇以来、約202年ぶりに

天皇退位と皇太子徳仁親王の即位が実現し

皇位の継承に伴って「令和(れいわ)」と改元が行われ

天皇の生前退位に伴う「改元」は

日本憲政史上初の歴史的な出来事にもなります。


 日本憲政史上初めてとは

 1889(明治22)年の

 「大日本帝国憲法」の施行以降をさします。


改元は、

それまでの時代をリセットして

一から始めるという意味が込められています。


過去には

天皇の即位だけでなく

天変地異、飢饉などや、めでたい兆しがあった時など

色々な理由によって度々改元され

多い時には1人の天皇の時代に

8つの元号が定められたこともあります。


こうした慣習を改めようと、

「明治」への改元の際には天皇1代に元号1つと定める

「一世一元制」が採用されますが

戦後、元号の法的根拠が一時消失してしまいます。


ですが

「昭和」になり

何気に「昭和」という元号が、

使用されてきたにもかかわらず、

それを公認する法律が存在しなかったので

1979年(昭和54年)に「元号法」が制定され

「昭和」としての根拠もここで明確にされ

再び元号の法的根拠が生まれ、現在に至っています。


日本だけ

西暦と元号を併用していますから

2019年の改元に向けて、

「元号を廃止すればいい」という声も上がりましたが

それ以上に

元号と天皇・皇室の繋がりは深いということです。

改元日

改元する際

元号は

「政令で定める」

「皇位の継承があった場合に限り定める」とする規定のみで

新元号の始まりをいつにするかが問題となりますが

元号法では改元の日時については明文化されていません。


ちなみに

明治は

 改元が布告された“年の元日”に遡って新元号となった立年改元。


大正・昭和は

 改元が布告された“当日”から新元号となった即日改元。


平成は

 改元が布告された“翌日”から新元号となった翌日改元。


令和は

 布告の月の末日(4月30日)までを旧元号とし、

 翌月の1日(5月1日)から新元号となる

 「踰月改元(ゆげつかいげん)」となります。


  踰月とは

  月を越えること、翌月になることです。


 1ヶ月前の事前発表も初めてのことです。

元号

元号は

中国の紀元前115年頃の前漢の武帝時代に

年数を数える方法として使用され始めたとされます。


その後

近隣の諸国でもこの方法が使用されるに至り

日本で元号が正式に制定されたのは 、

7世紀中頃(飛鳥時代)の

645年に孝徳天皇が「大化」と定めたのが最初です。


しかし

大化(645年-650年)以前において

「法興」(591年-622年)などの

年号か否かの「私年号・古代年号」と呼ばれる号がありました。


大化の以降は、

元号が使われたり、長く使われない中断期間があり

701年の「大宝」から永続的に使用され

現在に至るまで1300年以上に渡り、元号が使われています。


歴代元号には

未採用元号一覧というものがあり、

これまでに未採用となった元号の数は

計524個あると言われています。


アジアの国々で広く使われていた元号は、

20世紀初めには使われなくなってしまい

元号制度が残っているのは日本だけです。

元号選定手続き

元号選定手続きは、

ガイドラインのようなもになり

6つの事項に留意するものと定められています。


1.国民の理想としてふさわしいような意味を持つもの

2.漢字2文字であること(3文字以上は不可)

3.書きやすいこと

4.読みやすいこと

5.これまでに元号又はおくり名として用いられていないこと

6.俗用されていないこと


 外国で採用されたもの、過去の元号の再使用や

 死後に贈られた称号(追号)は不可であり

 人名、地名、企業名など

 広く一般に使われていないことが定められています。


その他にも

〇常用漢字を使う

〇明治、大正、昭和、平成のそれぞれのイニシャルとなる

 M、T、S、H が頭文字となる元号は使わない

〇漢字1文字の画数は12~15画

〇人名に多い2文字は避ける

などの考慮する条件があります。


過去、749年から770年にかけては

漢字4文字の元号が使用されていました。


  天平感宝(てんぴょうかんぽう)-749年

  天平勝宝(てんぴょうしょうほう)-749年

  天平宝字(てんぴょうほうじ)-757年

  天平神護(てんぴょうじんご)-767年

  神護景雲(じんごけいうん)-767年



「平成」改元時には

全国で唯一同じ漢字の地名だった

岐阜県関市の平成(へなり)があり話題となりました。

元号候補6案

候補に挙がった6案は

1.「令和(れいわ)」

   万葉集


2.「英弘(えいこう)」

   古事記


3.「広至(こうし)」

   詩経(漢籍)と日本書紀


4.「久化(きゅうか)」

   漢籍


5.「万和(ばんな)」

   文選(漢籍)

   考案:二松学舎大元学長の石川忠久氏(86)


6.「万保(ばんぽう)」

   漢籍


政府が元号の考案を委嘱したのは、

 中西進:大阪女子大名誉教授(89)=日本文学、

 石川忠久:元二松学舎大学長(86)=中国文学、

 池田温(おん):東京大名誉教授(87)=中国史

の、名が挙がっています。


決定前に考案者が死亡した場合や、

企業・団体の名称に含まれている場合は

使用できなくなります。


令和・英弘・広至は、

 日本古典に出典があり、今まで出ていません。


久化・万和・万保は、

 中国古典に出典があり、尚且つ以前未採用だったもので

 久化は、鎌倉時代に未採用、

 万保は、10回ほど出され、いずれも落選し

 万和は、10回以上出され、人気があるものの落選。


「英弘」と「広至」は、文字で言うと

「英」と「広」は、今まで使われたことのない文字で

「弘」と「至」は、過去に使われたことがある文字です。


「令和」の考案者は

長年にわたり万葉集の研究を続け、

日本の古代文学の研究に大きく貢献してきた

万葉集専門の国文学者である

国際日本文化研究センター名誉教授の

中西進氏(89)とみられます。

令和

「令和(れいわ)」は

英語(ローマ字)表記では「Reiwa」となり

元号に「令」の漢字が使われるのは初めてです。


「大化」から数えて248番目の元号になり

計248の元号に使われた漢字は

わずか73文字しかありません。


「ら行」で始まる日本の元号は

暦応(りゃくおう、れきおう)以来約680年ぶり、

「れい」の音が先頭に来る元号は

715年(奈良時代初め)の「霊亀(れいき)」以来

2例目で1300年ぶりとなります。


かつて

漢文学者の高辻修長によって提出された

「令徳」という元号案が1つ存在し

「文久」(1861~1864年)

「元治」(1864~1865年)に改元が行われた際に

2度提出されるも共に不採用となっています。


「元治」の元号が採用された際に

「令徳」は 

「徳川に命令する」と解釈できるという理由で

江戸幕府から反発されたようです。


「和」の字は

古くは708年~715年の「和銅」、

直近では1926年~1989年の「昭和」など、

今回で20回目の採用となります。

令和の墨書を書いた人

記者会見で掲げた墨書「令和」を書いたのは

書家で内閣府職員(辞令専門官)の

茂住 修身(もずみ おさみ)氏です。


新元号決定の連絡を受けた後、

発表までの超短時間に紙に記すわけですから

責任の重さは、はかり知れないと思います。


「平成」の墨書は

総理府(当時)の辞令専門官だった

書家の河東 純一(かとうじゅんいち)氏が担当しました。

令和の漢字

「令」という漢字はフォントによって

または、手書きによって変わり

「令」の字の形については

形が多様にある漢字のひとつです。


最後の2画が

カタカナの「マ」のようになっている字形もあります。


文化庁によれば

「字の形の違いは習慣によるもので、

 本来は問題にする必要がない」とのことで

「漢字の骨組みが同じであればどれを使ってもいい」と

しています。

典拠は万葉集

「万葉集」は

奈良時代に完成した日本に現存する

最古の和歌集(780年頃成立)で、

天皇や皇族、官人、防人、農民など、様々な階級の人が

詠んだ歌約4500首以上が収録されています。


漢籍でなく

日本古典に由来する由来する元号は

確認できる限り日本史上初めてとなりました。


万葉集とした理由について

「我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書だ」と

説明がありましたが

「令和」はその万葉集の

巻五の

「梅花謌卅二首并序(梅花の歌 三十二首、并せて序)」にある

一文から典拠しています。


730年正月13日に

九州の太宰府の

大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅に集まって

宴会を開いたときに詠まれた歌で

「梅花の宴」として知られている場面の一部です。


当時の梅は、

中国の唐から渡来した、貴重な植物であり

蘭は、フジバカマとみられ、

秋の七草ですから乾燥させたものと考えられ

梅の花に舞い蘭の香りを想像させます。

梅花の宴

白文:于時 初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香


書き下し文:

 時に、初春の令月にして、氣淑(きよ)く風和ぎ、

 梅は鏡前(きやうぜん)の粉を披(ひら)き、

 蘭は珮後(はいご)の香(かう)を薫(くゆ)らす。


現代語訳:

 時は新春の令(よ)い月であり

 空気は美しく風は和やかで、

 梅は美人の鏡の前に装う白粉(おしろい)のごとく

 花咲き、蘭は身を飾る衣(ころも)に纏(まと)う

 香(こう)の如き薫らせる。


国書由来異議

しかし、

純粋な国書由来だとする政府発表に

異議を唱える専門家もいらっしゃいまして

中国南北朝時代

南朝梁の皇太子・昭明太子(しょうめいたいし)によって

編纂された詩文集「文選(もんぜん)」(530年頃成立)の

巻十五に収録された

張衡(ちょうこう:後漢の文人・政治家・科学者)が書いた

「帰田賦(きでんのふ)」(138年頃成立)と

「梅花の宴」が類似していると言うのです。

帰田賦

「帰田賦(きでんのふ)」の一節。


白文:於是 仲春令月 時和気清 原隰鬱茂 百草滋栄


書き下し文:

 是(これ)に於いて、仲春の令月にして、

 時和(やわら)ぎ、気は清み、

 原隰(げんしゅう)し鬱茂(うつも)し、

 百草滋栄(ひゃくそうじえい)す。


現代語訳:

 おりしも、仲春の令(よ)い月に

 時はやわらか、清らな空気で、

 湿原は繁茂し、鬱(うつ)そうと色々な草花が繁り花さく。

両者比較

両者を比較すると似ているのがわかります。


万葉集:①于時 ②初春令月 ③氣淑風和

帰田賦:①於是 ②仲春令月 ③時和氣清


菅官房長官の発表や安倍首相の談話において

意図的か恣意(しい)的かわかりませんが

省略された冒頭の文字があります。


① 万葉集:「于時」

  帰田賦:「於是」


 万葉集の「于時」は

 「時(とき)に・時は」と訳されるようですが

 「于」の文字は

 中国の現在では「于」の文字しか使っていませんが

 昔は「於」を用いていたので同じ意味になります。


 そして

 この「于時」と「於是」は

 中国では「Yushi」と同じ発音であり

 万葉集では

 同じ発音の「于時(Yushi)」に置き換えたのでは?

 と、言われています。


② 万葉集:「初春令月」

  帰田賦:「仲春令月」


 春は、

 「初春(しょしゅん)」~

 「仲春(ちゅうしゅん)」~

 「晩春(ばんしゅん)」の3段階で移ろいでいきますが

 「初春」は旧暦1月のこと

 「仲春」は旧暦2月のことで

 春の時期が違っているだけで

 「令月」も佳い月であることに変わりはありません。


③ 万葉集:「気淑風和」

  帰田賦:「時和気清」


「気淑」も「気清」も清らかという気持ちが詠まれ

「風和」は、風和(かぜやわ)らぎ、

「時和」は、時和(ときやわ)らぎ、です。


 張衡の「時和」の「時」が「風」となっていますが

 時つ風(ときつかぜ)のような

「時節にかなった風」

「流れゆく時季や季節にふさわしい風」と

置き換えたと考えられなくもありません。


①~③すべて

内容的にはほぼ類似の趣旨であることは否めません。


そもそも

漢字は中国から朝鮮半島経由で伝わり

日本の古典は、

中国の古典を引用しているものが多い訳で

「文選」というのは

奈良時代から平安時代にかけて広く読まれた詩文選集。


和歌でいう

本歌取り(古歌から句の一部を借用し、

 新たな歌を作る方法)を援用して詠み替えたに違いないとし

「漢籍を典拠としたものだ」と言って

「なぜ初めて日本の国書なのか?」という議論が湧く中

その一方で、

たとえ漢文であっても、日本人が書いた漢文だから

「国書」だという反論もまたしかり。


考案者とされる中西進氏は、

「帰田賦」の「令月」は2月を指しているが

「梅花の歌」の「令月」は1月であり

また

「和」の意味合いも違うことから

「同じものと考えるのは理解できない」としています。

新元号「令和」選ばれるまでの過程

平成への改元直後から、

政府は万一の事態にも対応できるように

秘密裏に複数の専門家に新元号の考案を依頼しているという。


2017(平成29)年4月7日、

 政府が複数の学者に選考を依頼し、

 複数の元号案を既に受け取って

 内閣官房で「案」を管理。


2019(平成31)年2月上旬頃

 元号担当の古谷一之 官房副長官補らが

 歴代政権が極秘に受け継いできた

 60~70の元号案から約20案に絞り込む。


3月上旬

 内閣総理大臣 安倍晋三は

 気に入った候補名が入っていなかったため

 官房長官 菅義偉に再検討を指示。


3月14日

 高い識見を有する専門家に候補名の考案を委嘱。


3月中旬から本格検討。 


3月最終週

 専門家による新たに3案が追加され

 選定作業が最終段階を迎え

 初めて目にした「令和」が、

 候補名に追加されたことが分かった。


 安倍首相は

 「令和」が候補に入るまでは

 「英弘(えいこう)」を評価していた。


3月27日

 安倍、菅、杉田和博官 房副長官、古谷一之が非公式協議し

 元号候補の原案を6つする方針が固まったとみられ

 「令和」が最も適しているとするの認識で一致した。
 

3月29日

 安倍首相は

 最終選考に残った6つの元号案を皇太子さまに伝えに行った。

4月1日時系列

4月1日、当日の動きを時系列で。

07:49 

  官邸開門。

  杉田 官房副長官が官邸入り。


07:57 

  古谷 官房副長官補が官邸入り。


08:33

  菅 官房長官が官邸入り。


08:38 

 東京都千代田区の皇居・宮内庁庁舎に

 山本信一郎 長官が登庁。


08:48

  有識者「元号に関する懇談会」のメンバーである

  前最高裁判所長官:寺田逸郎(71)が官邸入り、

  以降続々とメンバーが官邸入り。  


  京都大学iPS細胞研究所所長:山中伸弥(56)

  日本私立大学団体連合会会長:鎌田薫(71)

  千葉商科大学国際教養学部長:宮崎緑(61)

  直木賞作家:林真理子(65)

  日本放送協会会長:上田良一(69)

  日本民間放送連盟会長:大久保好男(68)

  日本新聞協会会長:白石興二郎(72)

  日本経済団体連合会名誉会長:榊原定征(76)

  (順不同、敬称略)

  09:12には9人全員がそろう。


08:55

  横畠裕介 内閣法制局長官が官邸入り。

  菅 官房長官と新元号案について協議するためである。


09:05 

  安倍総理大臣が官邸入り。


09:11

  菅 官房長官が

  横畠裕介 内閣法制局長官と新元号に関し協議。


09:20 

  議長公邸前で機動隊が警戒する中、

  「元号の事前公表やめろ、安倍辞めろ」などと

  街宣車が抗議の声を上げた。


  新天皇即位前に

  新元号を発表することへの反発である。


09:32 

  いよいよ「元号に関する懇談会」が始まる。

  
  出席者は

  携帯電話を預けるよう求められ

  携帯電話の通話を妨害する装置も導入され通信を遮断され

  トイレに行く場合は政府職員が同行したという。


  官邸4階の特別応接室にて

  新元号の原案が入った封筒が配られ、

  封筒を開けて説明が始まり有識者の意見を聞く。


  典拠などの説明もそれぞれ書いてあり

  決をとったりはしなかったようで

  概ね、

  「令和」が懇談会のメンバーにおいても最も評価が高かった。


  「元号に関する懇談会」のメンバー9人の他

  政府側は

  菅義偉 内閣官房長官

  西村康稔 内閣官房副長官(衆)

  野上浩太郎 内閣官房副長官(参)

  杉田和博 内閣官房副長官(事務)

  横畠裕介 内閣法制局長官

  古谷一之 内閣官房副長官補(内政)

  開出英之 内閣官房内閣審議官


10:06

  赤松広隆 衆院副議長が衆院議長公邸に到着。


10:08 

  「元号に関する懇談会」が終了。

  有識者9人は懇談会の終了後も、

  新元号の発表が終わるまで官邸内に留まされた。


10:08

伊達忠一 参院議長が国会を出て、衆院議長公邸へ向かう。


10:14

  衆参両院の正副議長から意見を聞くため

  菅 官房長官が衆議院議長公邸に向かう。


10:20 

  衆議院議長公邸で、

  衆参両院の正副議長からの意見聴取(意見伺い)が開始。


  衆議院議長 大島理森

  衆議院副議長 赤松広隆

  参議院議長 伊達忠一

  参議院副議長 郡司彰の意見聴取。


  政府側

  菅義偉 内閣官房長官

  古谷一之 内閣官房副長官補(内政)


10:27 

  岩屋毅防衛相が官邸に到着し

  全閣僚会議のために閣僚が次々と官邸入り。


10:37 

  衆参両院の正副議長からの意見聴取が終了。


10:40 

  衆参両院の正副議長からの意見聴取が終了し

  菅 官房長官が議長公邸より官邸に戻る。


10:43 

  菅 官房長官、杉田 官房副長官、

  古屋 官房副長官補が安倍総理大臣の執務室に入り

  閣僚応接室で待機中の閣僚からは談笑が伺えた。


10:58

  新元号案について全閣僚会議が始まる。


  2段階の閣僚の会議となる

  方針を固め閣僚から意見を聴く「全閣僚会議」と

  元号を決定する手続きとした「閣議」を開く。


11:16

  全閣僚会議が終了。


11:17

  改元の政令を決定する閣議が始まる。


11:25

  閣議が終了。


  全閣僚会議、閣議も

  有識者による「元号に関する懇談会」同様

  一連の手続きの中で情報が漏れないよう、

  閣僚の携帯電話を預かるなど細心の注意を払った。


11:26

  杉田和博 官房副長官が

  宮内庁の山本信一郎長官に

  「元号は『令和』、典拠は『万葉集』である。

  陛下と皇太子殿下にお伝え願いたい」と伝えた。


11:28

  新元号の政令文書を積んだ車2台が官邸を出発。


11:32 

  改元政令文書を乗せた政府関係者の車が皇居内に入る。


11:41

  天皇陛下と皇太子殿下に新元号を伝達したとの連絡が入り

  菅 官房長官が、新元号は「令和」と発表。


11:43

  閣僚が閣僚が続々退出。


11:49

  地図大手「ゼンリン」がツイッターで

  「地名に『令和』はありませんでした」のつぶやきをする。


  平成改元時に

  全国で唯一同じ漢字の地名だった

  岐阜県関市の平成(へなり)があったからだ。


11:50

  ようやく

  「元号に関する懇談会」のメンバーが退出。


12:05

  安倍首相が

  新元号が「令和」に決まったことについて、記者会見。


12:31

  河野太郎外相が

  新元号を世界各国に通知したと記者団に表明。


15:00 

  日経平均株価が終値で先週末比303円22銭高と続伸し、

  約1週間ぶりの高値を付けた。


16:39 

  菅 官房長官が午後の記者会見を行う。

安倍総理談話

安倍総理の談話では

「…令和には人々が美しく心を寄せ合う中で、

 文化が生まれ育つという意味が込められております。…

 明日への希望と共に、

 日本人1人ひとりが大きな花を咲かせることができる、

 そうした日本でありたいとの願いを込め、

 令和に決定致しました…

とのことでした。

不思議なリーク

元号候補や考案者は

影響を考えて公表を差し控えるとの事でしたが

非公表であるなら

徹底して秘密情報を保持して頂きたいところですが

たった一日で

全ての原案が全国報道され、

考案者もほぼ特定されてしまうのは大問題であり

後々の詮索混乱を避けわざとリークしたのか?

誰がリークしたのか?については

一切、触れられていないのはなぜでしょう?

最後に

西暦年と令和年を換算するには、

018(レイワ)を足すと西暦年

018(レイワ)を引くと令和年に換算できます。


4月30日に行われた

「退位礼正殿の儀」(退位の礼)は

一生に一度起こりうるかどうかの記念すべき瞬間で

最後のお言葉は

「国民への感謝」と「平和への祈り」という変わらぬ思いでした。


だれかのツイートだったか

言っていましたが


流れてきた時代の移り変わりにおいて

いつも願うのは平和ではないでしょうか・・・

最後までお読み頂きありがとうございました。

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